[第3回] 生保の新境地を開いた「長割り終身」開発秘話

今考える若手に託す度量と自由闊達な風土

「お客様にアピールしやすい」「代理店に説明しやすい」と、発売当初から高い評価を得てきた「長割り終身」。これほど独創的かつ競争力のある商品が生まれたのは、お客様本位の開発方針と自由闊達な風土があったからに他ならない。その実情を当時の開発メンバーに聞いた。

取材日:2005年8月5日

営業企画部 部長 平木英一

個人商品業務部 自動車第一グループ 課長 細島英一

個人商品業務部 第三分野グループ 課長代理 清水俊宏

商品販売支援部 商品・サービス開発グループ 課長 稲葉尚己

生保進出にあたっても貫き通した「お客様本位」

 「長割り終身」の特徴は、日本で初めて、お客様に解約返戻金の水準を選択していただけるようにしたところにある。そして、これこそ東京海上日動が掲げる「お客様本位」を象徴する商品だ、と言われる理由でもある。

 「生命保険の継続率の低さは、業界の常識のようになっていたのですが、私たちは、お客様に長くお付き合いいただくためには、売り方だけでなく商品にも改善余地があるのではないかと考えました。継続率が低いがために十分な利益を享受できていなかった『長くお付き合いいただけるお客様』に、もっとメリットのある商品を開発できないかというアイデアは、お客様本位の販売方針とともに、あんしん生命の開業前、かなり早い時期からありました。」

 開発チームの中心メンバーの一人である細島は、「長割り終身」開発のきっかけについて、こう語る。お客様本位は、東京海上日動の経営理念。あらゆる企業活動の原点に、お客様を第一に考える姿勢を貫いている。それが、「利差配当、3つのあんしん」から続く、生保商品開発においても、確実に発揮されたのである。

 「長割り終身」が発売された1998年当時は、生命保険会社の転換制度が話題に上りつつあった頃。解約返戻金を原資とする転換が、果たしてお客様にとって有利なのかということが語られはじめていた。

 「解約返戻金が低いとお客様は転換しなくなるわけです。転換を推進している会社にとっては解約返戻金を下げる商品という発想はあまりなかったかもしれませんね。その聖域に、私たちはあえて踏み込んで、解約返戻金の水準をお客様に選択していただける商品をつくろう、となったわけです」と、チームリーダーだった平木は言う。

既得権益がない新規参入社だからこそ可能だった画期的な商品開発

 「長割り終身」のアイデアは、意外に簡単に生まれてきた。そもそも、保険料を15%程度(保険料実額イメージで月2~3千円程度)安くなれば新商品としてのインパクトがあるだろう、というところからスタートし、そしてその保険料を実現するために、解約返戻金を従来の水準からどれくらい下げれば良いかという、発想だったのである。

 この、予定解約率を織り込んで保険料を割り引く商品というのは、当時も海外の一部で販売されていて日本の大手生保が、その存在を知らないはずはない。それにもかかわらず、大手生保が東京海上(当時)と同じ発想をしなかったのは、経験の強みが裏目に出た結果ではないかと、開発メンバーの一人清水は言う。

 「大手であればあるほど、従来のビジネスモデルでの強みを存分に享受しています。だからこそ、それを打ち壊すような商品を発想するのは難しい。たとえ発想できても、商品化することは難しいのでしょう」。

 しかしこれは、損保最大手の東京海上日動にも言えること。「長割り終身の好評を喜ぶだけでなく、大手であることの強みと弱みの両方を意識して、今後の商品開発に取り組まなければならない」と、清水は付け加える。そして、そのためにも、市場調査いわゆるマーケティングによってお客様の声を客観的、体系的に把握することに力を注ぐべきだということを、強く提唱している。

中核メンバーは入社6~8年目 自由闊達な風土が成果を実らせた

 アイデアの誕生とは裏腹にその実現にあたっては多くの課題があった。もっとも大きな課題は、実際の解約率が極端に低くなると商品設計いかんでは収益率が落ちることもあり得るという点。これを解決したのは、数理部門を担当した稲葉の努力だった。

 「当時社長の堀地さん以下役員や各部長の方々とも上下、組織分け隔てない活発な議論が交わされていました。東京海上(当時)ならではの商品をお客様にお届けしたい、そんな皆さんの熱い思いに応えるためにも、なんとしてでも最適な保険料と解約返戻金水準を割り出そうと、必死の取り組みを続けた結果でした」と、稲葉は当時のことを振り返る。

 会議に加わるメンバーを見るにつけ、まさに社運を掛けたプロジェクトであることがうかがえる。しかし、実際に開発の中核を担ったメンバーは、入社6年目だった清水、7年目の稲葉、8年目の細島という主任たち。当時課長だった平木が、チームリーダーとしてついていたとはいえ、若手社員が主体的に取り組んだことが、大きな成果を得られた一つの要因であったことに間違いない。

 「自由闊達、若手にどんどん仕事を任せていく度量。それに応えて自分のテーマを何とか実現しようと考えぬく責任感。そんな風土が、いかに重要かを痛感させられました。」とは、今回の開発に携わった全員の共通した意見でもあった。熱い思いを持って会社を動かそうとしている社員達の刺激が、好循環を生み出すのではないだろうか。