1914
日本初の自動車保険誕生


自動車保険バッジ(1926年頃)

当社は創業以来、貨物保険や船舶保険といった海上保険を主として手がけてきましたが、日清・日露戦争を経て日本の産業は発展し、資産も順調に増加。これを受けて海上保険ではない「ノンマリン保険」と称される自動車保険・運送保険・火災保険分野への進出を決断しました。自動車保険については1914年2月、当社が日本で初めて営業認可を受けた保険会社となりました。当時の日本には、まだ自動車は1,000台ほどしか走っていない時代でした。また同じ頃、工場・倉庫といった物件を主な対象として火災保険へも進出しました。
なお、わが国において火災保険会社が誕生したのは、東京火災(損害保険ジャパン日本興亜株式会社の前身)の1888年であり、当社は後に合併する1891年創業の明治火災において火災保険を引き受けたのがはじまりとなります。


本社が入っていた三菱2号館(1914年頃)

さらに1922年にはニューヨークに資本金100万ドルのスタンダード保険会社(Standard Insurance Company of New York)を設立し、自動車保険・火災保険等の引き受けを始めました。当時、米国では自動車の普及がめざましく、成長するノンマリン保険(海上保険以外)の分野での発展を展望し、積極的な展開を図りました。第一次大戦をはさんで急成長した日本経済と共にこの時期資産が拡大し、世界の一流保険会社と肩を並べる規模となりました。
なお、このアメリカへの進出にあわせ社名に「火災」を追加し、1918年に東京海上火災保険株式会社と社名変更をしました。


日本動産火災 開業披露風景

同じ頃、わが国のアクチュアリー協会設立に尽力し会長を務めた法学博士・粟津清亮社長のもと、一般家庭の動産を対象とする火災保険を主力商品とする日本動産火災(後の日動火災)が1914年1月に設立されました。主力商品であった無事戻し付月掛火災保険は、その仕組みと簡便さが東京地方の商工業界や勤労者のニーズに合い、首都圏に強固な基盤を築きました。