第9回 こども環境大賞

大賞・優秀賞・奨励賞・佳作・東京海上日動賞・団体優秀賞・団体賞 入賞作品発表

大賞 優秀賞 奨励賞 佳作 東京海上日動賞 団体優秀賞 団体賞

作文部門

大賞

「かわいそうなアカボシゴマダラ」
樋野 遥(ひの はるか)・小学校4年・茨城県

「わぁ、オオムラサキだ。」3年生の時、家の前にある木でオオムラサキのよう虫を見つけました。すぐにお母さんとお兄ちゃんをよんできてよう虫を見ていると、「こっちにもいた!」お兄ちゃんが大きな声で言いました。お兄ちゃんが指を差している方を見ると、先に見つけたのよりも大きなよう虫がいました。次の日見てみると、大きい方のよう虫がさなぎになっていました。その二日後には、両方がさなぎになって、もう何日かすると今度は背中にひびが入っていました。お母さんにその事を話すと、「チョウになろうとしているんだよ。」と教えてくれました。初めて見る国チョウのオオムラサキが楽しみで、夕食を食べている時も、おふろに入っている時もそわそわして、夜もなかなかねむれませんでした。

朝起きてすぐに、いつもの木を見にいくと、緑色のさなぎは白い抜けがらになり、近くの葉にチョウがとまっていました。けれどもそのチョウは、むらさき色の羽ではなく、赤と白と黒色の羽をしていました。おどろいて調べてみると、アカボシゴマダラという外来種のチョウだということが分かりました。私は、もっとアカボシゴマダラのことを知りたいと思って調べてみたら、中国から人の手によって持ちこまれたことや、卵とよう虫が日本の在来種であるオオムラサキににていることが分かりました。それだけではなく、オオムラサキと同じエノキの葉を食べるので、オオムラサキをくちくしてしまうおそれがあるチョウだということです。学校の先生にチョウのことを話したら、「くじょしなくてはいけないから、ひょう本にしたらいいと思うよ。」と言われました。それから私は、在来種を守るために、エノキを見つけてはアカボシゴマダラのよう虫をつかまえました。探してみると、あちこちではんしょくしていました。殺してしまうのはかわいそうなので、家で飼育しました。百ぴき以上いるよう虫に、毎日おいしそうなエノキの葉をとってきてあげました。最初は悪者に見えていましたが、飼育しているうちに、クリクリしている目があって、顔に2本の白いたて線が入っていて、角が2本生えていて、緑色の少し丸っこい体をしていて、すごくかわいいと思うようになりました。けれども、せっかく羽化したチョウも、大空に放してやることはゆるされません。せまいかごの中で一生を終える姿に、とても心が痛みました。もとは人間が外国から日本に連れてきた生き物で、悪いのは人間なのに。

世界的に見ても、日本の生物多様性は豊かだといわれています。しかし、外来種によってその豊かさはかん単にこわされてしまい、元にもどすには、多くの手間と時間がかかります。これ以上かわいそうな外来種を増やさないためにも、「入れない」「捨てない」「ひろげない」のルールをたくさんの人に知ってもらい、豊かさを未来につなげていきたいです。

優秀賞

「思い出のつまった大切な自然」
淺野 真凜 (あさの まりん)・小学校5年・岐阜県

「心やすまる所」がわたしにはあります。それは、わたしの家の近くにある「きふね神社」です。ここは、小さいころからお母さんやおばあちゃんに連れられて、神社でお参りしたり、遊んだりしました。この神社には、たくさんの思い出があります。鉄ぼうの練習をたくさんして、逆上がりができるようになったのは、この神社の公園です。悲しいことがあった時、ブランコに乗りながら、お母さんに話を聞いてもらい、元気になった思い出もあります。周りにたくさんの木々があり、緑に囲まれた自然の中にあるきふね神社に来ると、心が落ち着き、大好きな場所です。

この神社の好きな所は、二つあります。一つ目は、みんなと触れ合える所です。公園に遊具があります。たくさんの子供たちが遊んでいて、笑い声が聞こえます。わたしが遊びに行くと、小さい子がお母さんと遊んでいたり、お参りを終えたおばあさんが声をかけてくれたりします。気付くと一緒に遊んだり話をしたりして、楽しい時間ができます。また、公民館があり、子供会で集まることやイベントなどで、お年寄りから小さな子供まで集まります。地域の方と仲が深め合える場所でもあります。

二つ目は、たくさんの木々があり、自然が広がっている所です。いちょうの葉っぱの黄色が太陽の光でピカピカ輝いているのを見ると、美しさにうっとりします。ぎんなんの実を拾っているおばあちゃんと会話するのも楽しいです。どんぐりや松ぼっくりもあります。いとこがここのどんぐりの大きさや形のきれいさを気に入って、毎年どんぐり拾いをします。わたしの自まんの場所です。

しかし、最近、遊具が少なくなってしまいました。大好きだったブランコやすべり台がなくなったのを見て、悲しくなりました。竹がいっぱいあった場所には、家が建ちました。緑いっぱいだった神社の周りが、建物となりさびしさを感じます。

わたしは、この神社の豊かな自然を守り、「心休まる所」を大切にしていきたいです。そのために、わたしができることを考えました。この間、妹と神社にいった時、おかしのふくろのゴミがあり、遊具の周りに草がたくさん生えていました。ごみを拾い、草抜きをしました。大変だったけれど、きれいになって嬉しかったです。小さな事かもしれないけれど、気付いた時、ゴミ拾いや草抜きなど、自然を守ることをしていくことが大事だと思いました。また、自分だけではなく、みんなにも声をかけて、みんなで自分たちの大切な場所、この先も残したい自然を守っていくことが大切だと思います。わたしがお母さんにしてもらったように、いつか自分の子供を連れて、この自然豊かな、心休まる神社に来ることができるのを楽しみにして、自然を守っていきたいと思います。

「おじいちゃんの島とツバル」
細川 真衣 (ほそかわ まい)・小学校4年・広島県

わたしのおじいちゃんは、せ戸内海にうかぶ島でくらしています。毎年夏には、おじいちゃんやいとこ達と魚つりをしたり、海で泳いだりしています。ゴーグルをつけてもぐると、水がとてもきれいで、砂の色とそっくりな魚も見つけることができます。おじいちゃんの船で走っていると、海がキラキラまぶしくて、海のにおいの風が顔にあたっていい気持ちです。また、おじいちゃんは畑でいろいろな野菜を作っています。わたしもおじいちゃんの畑で、じゃがいもをほったり、大根をぬいたりしたことがあって、とても楽しかったです。わたしにとって、おじいちゃんがくらす島は、大切な場所です。

だから、学校のじゅ業で、南太平洋にうかぶ島「ツバル」のことを知ったときには、とてもショックでした。ツバルの土地はとても低く、海面から一?五メートルしかありません。最近問題になっている地球温暖化が原いんで海面が上がり、ツバルは海にしずんでしまうかもしれないのです。わたしは、気になって調べてみました。ツバルは、おじいちゃんの島と同じように、海がとてもきれいで、たくさんの魚が泳いでいました。ツバルの人達にとって、この海は大切な場所であるはずです。

わたしのおじいちゃんの家も、目の前が海で、海面から五メートルくらいの高さしかありません。ツバルにせまっているき機は、他人事ではありません。地球温暖化をふせぐために、わたしにできることを考えてみました。地球温暖化をふせぐには、二さん化炭そのはい出量をへらすことが大切だと、学校で習いました。だから、好ききらいせず残さず食べることや歯みがきのときにこまめに水を止めること、家族と同じ部屋ですごすことは、これからも続けていきたいです。今まで買い物は車で行っていたので、これからは、近くのスーパーに行くときは、お父さんやお母さんと歩いて行きたいです。

わたしは、これからも毎年きれいな海で泳ぎたいし、おじいちゃんのおいしい野菜や魚を食べたいです。ツバルもおじいちゃんの島も、海にしずんでほしくありません。おじいちゃんの島が、わたしにとって、これからもずっと大切な場所でありますように。

奨励賞

「おばあちゃんはエコの先生」
上藤 幸歩 (かみふじ ゆきほ)・小学校3年・徳島県

「うわー。このお漬け物おいしいなあ。何のお漬け物?」
と私はおばあちゃんに聞いてみました。すると

「すいかの皮のお漬け物じゃよ。」
という答えが返ってきたので、私はびっくりしました。すいかの皮は全部生ごみだと思っていたからです。すいかの皮だけではなく、おばあちゃんの家では、にんじんや大根などいろいろな皮がお漬け物に変身します。にんじんの皮は、いためてきんぴらにもなります。みかんの皮は、かんそうさせておふろにつけるといい香りがします。

今までずっとすてていた皮が、おばあちゃんの家では大かつやくしています。生ゴミは本当にゴミなのかなと考えさせられました。そして、私も、皮を生き返らせたくて、おばあちゃんの家から、お漬け物をつけるためのぬかどこをもらってきました。米ぬかというのはお米を精米するときにできる、お米の皮が粉みたいになったものだそうです。

そして、この米ぬかの利用方法は他にもあります。お皿やおなべを洗う時、スポンジに米ぬかをつけて洗います。米ぬかといっしょに、よごれも洗い流されて、きれいになります。台所からの排水が、川をよごしてしまうことがあるそうです。でも米ぬかなら、川をよごすこともありません。

私は魚をとりに行くのが大好きで、よくお母さんと、川に魚をとりに行きます。でも川がとてもよごれているのを見て、お母さんが

「昔はもっときれいだったのになあ。」
と言っていました。夜にはホタルもとんでいたんだと聞いて、びっくりしました。

そんな昔からずっと生きているおばあちゃんはエコの先生です。エコ活動って、とてもむずかしいことなのかなと思っていたけど、生ごみを生き返らせることや、米ぬかでお皿を洗うことは、私にもできるエコ活動です。いろいろな物が十分になかった昔に比べて、今は何でも手に入る便利な時代になりました。でもそれとひきかえに、きれいな川やホタルのいる景色など、大切なものを失ってしまったのかもしれません。

これ以上失うことがないように、そしてとりもどすことができるように、おばあちゃんから教わったことを今日も続けています。

「大切にしたいわたしたちの自然」
山田 夏帆 (やまだ かほ)・小学5年・東京都

おじいちゃんは、家に遊びに来るとき色々な植物をもってきてくれます。この間もってきてくれたのは、はこべです。草みたいな感じです。おじぎ草を持ってきてくれた時は、さわったら葉がとじたのでびっくりしました。全部おじいちゃんのお庭に植わっているものです。私は、チューリップやバラやユリのようなお花を持ってきてほしいと思っていました。

ある時、昭和天皇があぜ道を歩いていて、立ち止まりました。お付きの人が気付いて、「大丈夫でございます。名も無い雑草でございます。」と言うと、「この世に名も無い草花はありません。」と言って、踏みそうになった草を避けて歩いたそうです。おじいちゃんが、話してくれました。私は、この話をきいてから、考えが変わりました。どんな草花にも名前があってそこに生えているのには、意味があるということです。家族で芝桜を見に行ったことがあります。そこは、一面ピンク色で、本当にきれいでした。手入れが行き届いている感じでした。違う草花はそこにはありませんでした。

私は、雑草と呼ばれる草花を育てたいと考えています。ただ生えっぱなしというのではなく、きちんと手入れをして雑草を育てたいのです。人間の見た目だけではなくここにはこの草、あっちにはあの花、という風にです。今、日本には様々な外来種が入ってきています。ほんとうならそこには生えない草花もあります。その外からきたものは悪いですが、抜きます。まず、日本にずっとあるものだけにします。チューリップやバラやユリは専門に育てている人がいるので、その人たちに任せます。誰も育てない、雑草と言われて、踏んでもいいと思われている草花ばっかり集めた「夏帆園」です。

今、地球の環境はこわれていると思います。私は、こわれたのではなくこわしているのだと考えています。人間が自分たちの好きなものだけを残すためにいらないものを捨てようとしたからです。「この世にいらないものはありません。全部に名前がついた必要なものです。」私はこのことをみんなに伝えたいのです。そのために、みんながいらないと言っている「雑草」を育てたいです。

佳作

「水とみどりの町」
今村 文佑乃 (いまむら あゆの)・小学校2年・福岡県

「あー。いい気持ち。」

毎朝、学校に行く前しんこきゅう。大きくふかくすうと、すっきりしていい気分。お日さまの光をあびて、元気モリモリ。

わたしの小学校は、田んぼやはたけにかこまれています。南は、耳のうの山のみどりがきれいに見えて、北にこせ川というちく後川につながる川がながれています。

こせ川の水は、すきとおっていて、川の生きものがよく見えます。ホタルもいます。むかしは、プールがなかったので、およいでいたそうです。オヤニラミという魚の話しを聞きました。いつもサギが水をのんだり、魚をつかまえようとねらっているのが見えます。カワセミもとんでくるそうです。

田んぼのいねやはたけの野さいは、生き生きしています。レタスのしゅうかく体けんでナイフをつかって下の方を切ったら、水がポタポタおちてきて、びっくりしました。シャキシャキ、パリパリして、とてもおいしかったです。
「土が生きとるったい。」
とのう園の方が教えてくれました。
「土が生きてるって、土にもいのちがあるのかなあ。」
とふしぎに思いました。

土をさわると、ほわーっとあったかくて、なんだかとってもいい気もち。
「たいひばまぜよるけん、目に見えないび生ぶつがはたらいて、よか土ばつくるったい。」
と話してくれました。

び生ぶつって、何だろう。よくわからないけど、すっごいなあ。力があるなあ。元気のもとだと思いました。

わたしは、大きな青空、山やはたけのみどり、きれいな川が大すきです。

だから、大切にしていきたいです。

「ぼくと家族のエコ目標」
田中 俊汰 (たなか しゅんた)・小学校4年・長崎県

ぼくは、エコという言葉を大分前から知っています。リサイクルすることや、ゴミ拾いをすることの大切さはよく知っていましたが、あまりエコ活動に取り組んでは、いませんでした。

でもぼくは、この夏、エコのことを考える機会がありました。それは、お母さんと弟が牛乳パックを集めてリサイクルをしている姿を見たからです。
「何を作っているの。」
そうたずねるとお母さんが、
「これで、ビー玉が転がるゲームを作るよ。」
と、答えました。ぼくは、最近、買ってもらったゲームが楽しくて一時期、そればかりしていました。そして、友だちと遊ぶ時も、ゲームをすることが、多くなりました。

そんな姿を見てお母さんは、心配になっていたのだと思います。それから、お母さんは、ぼくと話をすることが多くなってきました。お母さんは、よく、
「自分のことじゃなく周りのことも考えなきゃいけないよ。」
と言うようになりました。ぼくは、その時、
「うん。」
と答えました。お母さんは牛乳パックで作ったゲームを見せながらリサイクルやエコという言葉の意味を教えてくれました。そして、十一月にモロッコで行われたCOP22という会議について話し始めました。ぼくたちの周りには、物があり、何不自由ない生活で、問題は何にもないように思われるけど、実は、地球温暖化などの新たな問題が起きていること、その問題に関して、世界の国々が集まって話し合っていることなどです。

ぼくはその話を聞いて少し不安になりました。このままだと地上の気温が上昇し生活環境が悪くなってしまうと聞いたからです。ぼくは、自分にできることは何だろうと、お母さんに聞きました。すると、お母さんが一冊の本をぼくに見せてくれました。この本には、身近な人が行っているエコ活動がのっていました。

ぼくは、お母さんに言いました。
「ぼくも節電に取り組んでみる。」
そしたらお母さんが言いました。
「そう。それが周りのことを考えるということだよ。家族みんなでやっていこう。」

ぼくは、今住んでいる周りの人や生き物が大好きです。そんなみんながずっと楽しく生活できるようにできることから始めてみようと思います。

「助ける命、つながる命」
山根 一輝 (やまね かずき)・小学校3年・宮城県

「ゴミ拾いなんて大きらい」週末になるとお父さんはぼくのことをゴミ拾いボランティアに参加させます。友達と遊べないので行くのがとてもイヤでしかたありませんでした。

いつものように、海岸でゴミ拾いをしていると「ハマボウフウ保護区」と書かれた看板を見つけました。

それが何かが分らず家に帰って調べてみると、砂浜で育ち、ごぼうを細くしたような長い根を持ち、茎は赤むらさき色、葉はギザギザしている植物だったのです。昔は天ぷら、さしみで食べられていたそうですが、根がカゼに効く薬であることが広まり、とられ過ぎて今では絶滅危惧種という地球からなくなりそうな植物になりました。

もっと詳しく知りたくなったぼくは、看板を作った「名取ハマボウフウの会」に電話をして話を聞くことにしました。宮城県の海岸ではほとんど見ることが無くなっていたハマボウフウ3株を、キセキ的に見つけて増やしていったそうです。しかし、東日本大震災によってガレキといっしょに流されてしまいました。地震のあとに海に行くとガレキの中で津波に負けずに生き残った株を見つけ「あきらめてはいけない」と活動を再開したそうです。あの看板の近くでは2回も絶滅しかけたハマボウフウが守られ、育てられているすごい場所だったのです。

ぼくは、その話を聞く前はたとえ絶滅しても自分には関係ないと考えていましたが、すぐにそれは間違いだと気がつきました。なぜなら、ハマボウフウが絶滅すると、周りの生き物の命も無くなってしまうこともあるからです。もし、ハマボウフウといっしょに生きている虫がいれば同じように絶滅し、さらにその虫を食べる大きな虫も同じ道を進むでしょう。ハマボウフウはたくさんの命とつながり、周りの生き物と合わせて1つの世界を作っているから、守らなければいけません。

世界にはすでに消えてしまった植物や動物がたくさんあります。自然がこわれることは遠い国の話ではなく、ぼくの住む町でも起きている現実でした。

ぼくはハマボウフウが一面に広がる風景を見たことがありません。人間の無計画さが1つの植物を失わせたことはとても悲しいことです。今は大人ががんばって守っていますが、ぼくと同じ小学生もボランティアで活動していることを聞きました。今のぼくにできることはハマボウフウの状況と活動を広めることが大切だと思い「赤信号新聞」というポスターを作り友達にも知ってもらうことから始めて仲間をふやそうとしています。

今ではイヤだったゴミ拾いやボランティアがムダではなく、命を守る大切なことだと気がつきました。ぼくが拾うゴミは自然をきれいにして、植物や動物を助け、次の命につながるバトンになるのだから。

 
       
大賞・優秀賞・奨励賞・佳作・東京海上日動賞・団体優秀賞・団体賞 作品発表にもどる