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『企業成長を加速させるGX戦略 ~150兆円市場の取り込みと、カーボンプライシング導入を見据えた経営・開示戦略~』セミナーレポート

2023年12月21日、『東京海上日動GXセミナー 企業成長を加速させるGX戦略』を開催しました。本セミナーではGX基本方針の立案に携わった学識者、企業戦略に精通した戦略家を招き、社会や市場の信認を勝ち取るためのGX戦略立案のヒントを探ります。

日本では2023年2月にGX(グリーントランスフォーメーション)の実現へ向けた基本方針が閣議決定され、関連する動きや議論が本格化しました。また、世界の動向においても、COP28(第28回 国連気候変動枠組条約締約国会議)において再エネの導入量に関する目標が明記されるなど、2023年は国内外においてGXの大きな転換点であったといえる年でした。

「GXの実現は経済・産業にとどまらず、地球環境の保全やエネルギー安全保障をはじめとした社会の存立基盤に関わる重要課題であり、企業においてもGXに関わる経営戦略の巧拙が、今後の浮沈を左右する要素となりつつあります」
主催者を代表して、当社常務執行役員の小森政俊が冒頭挨拶で述べました。

東京海上日動火災保険 常務執行役員 小森政俊

米国や欧州にはない、日本独自のGX戦略とは

第1部 竹内純子氏 U3イノベーションズ合同会社共同代表/国際環境経済研究所理事/東北大学特任教授

第1部で登壇したのは、GX基本方針の立案にも携わった竹内純子氏(U3イノベーションズ合同会社共同代表/国際環境経済研究所理事/東北大学特任教授)です。GX基本方針の概要と、日本のカーボンプライシング導入における動向を主なテーマにして講演いただきました。
竹内氏は、エネルギーについての定義を「究極の生活財・生産財であり、現実に即したフォワードルッキングで策定するもの」とし、一方で「気候変動政策は先にあるべき姿を描いてから、やるべきことを導き出すバックキャストという考えで策定すべき」と述べました。

竹内純子氏

2050年に向けて各国が環境・エネルギー分野への投資で成長戦略を描くなか、目標や通商、金融などにおいてさまざまな分断や亀裂が見られると竹内氏は指摘します。
「米国の法制度に対抗するため、欧州は国境措置を導入しようとしています。さらに、それに対して中国や新興国は強い反発をするなど、グリーン貿易戦争が勃発する可能性も高まっている。米国・欧州がどのようにこのグリーン貿易戦争に望もうとしているかは、非常に重要なポイントです」
米国は気候変動分野を中心として総花的に支援を行う政策を進め、対して欧州は排出削減に対するインセンティブを付与するといった炭素国境調整メカニズムの導入を検討している現状、日本はどういう姿勢をとるべきなのでしょうか。竹内氏は米国型の制作推進と、欧州型の支援策を組み合わせた「規制・支援一体型」として成長志向型のカーボンプライシングを導入し投資を促進していく流れになるだろう、と解説しました。

成長戦略としてのGXをいかに実現するかを議論するGX実行会議にも参加する竹内氏。第1部講演の最後には、こう締めくくりました。
「CO2削減を目指す『カーボンニュートラル』から、付加価値を創出し社会の持続可能性を高める『GX』へと政府の発想が転換されたのは、極めて重要な変化だと思います。GXとともに社会変革の一端を担うDXを阻害しないためにも、電力政策の見直しは大きな論点でした」
竹内氏は、脱炭素に向けた選択肢は『電源の脱炭素化』(再エネ、原子力、CCS等)と『需要の電化』(電動車への乗り換え等)の掛け算と述べ、安価で安定的かつ潤沢な脱炭素電源を確保することがカーボンニュートラルへの第1歩であると力を込めました。

企業のGX戦略に求められる3つの視点

第2部 松江英夫氏 デロイトトーマツグループ執行役 デロイトトーマツインスティテュート代表

第2部はデロイトトーマツグループ執行役の松江英夫氏に登壇いただきました。“企業戦略につながるGX戦略”をテーマに、企業活動にGXを活かすための3つのポイントについて解説いただきました。

まず1つ目として、社会価値と経済価値を両立しうるツールであるカーボンプライシングを挙げました。カーボンクレジットの需要は2030年までに大きく拡大すると予想されており、そこで生まれる市場をどう捉えるかが、GX戦略を立案する上での重要なポイントと述べました。

松江英夫氏

官民あわせて150兆円規模の投資や市場開拓が日本の政策として掲げられていますが、なかでも重要なのは、需要と併せて産業構造を変えていくことだと松江氏は強調します。
「非化石燃料に関わる新しいテクノロジーへの投資が根幹になり、省力化や省電力化によって各産業が構造転換することで、新しい市場ができていきます。ここに各社がどう絡むかで、非常に有望な市場になりえるかと思います」

2つ目のポイントとして、気候変動対応と同時に、サーキュラーエコノミーや生物多様性にも意識を向け、より高い視座でGX戦略を捉える姿勢を挙げました。
「顧客が求めるものを必要な分だけつくるデマンドチェーンに発想を転換していく。また、いいものを長く使ってもらうことで価値を高め、ライフタイムバリューを高める。これにより経済合理性とGHG排出量の削減や資源の効率化を成り立たせられるのです」

3つ目のポイントとして挙げたのが、人口減少が進む日本において成長戦略を描くための提言である〈価値循環〉という視点です。人口(人数)が減っている日本において、従来の数量を追いかける売り方ではなく、売る価格と売る頻度を重視しなければならないと松江氏は指摘します。頻度を高めることで『回転』させると、様々な情報の『蓄積』になり、付加価値を高められるという考え方です。
さらにヒト・モノ・カネ・データの「4つのリソース」を循環させ、人口減少下でも増えるファクターであるグローバル・リアル空間・仮想空間・蓄積資産という「4つの機会」に適用することで、〈価値循環〉による新たな市場の創出が可能だと述べました。
「モノやサービスだけでなく、1人ひとりの付加価値が高い国になっていくことが重要です。ウェルビーイングとGHG、サーキュラーエコノミーといった環境価値の両立を目的にして戦略を描くことが、今後のGX戦略に求められることだといえます」

気候関連情報開示 日本は国際的にも遜色ないレベル

第3部 長村政明 東京海上ホールディングス㈱/東京海上日動火災保険㈱ フェロー 国際機関対応

第3部では、市場からの信認を勝ち取る気候関連情報開示の在り方について、当社フェローであり、国際機関対応を務める長村政明が、企業の開示事例を交えて解説しました。

東京海上ホールディングス㈱/東京海上日動火災保険㈱ フェロー 国際機関対応 長村政明

「日本のTCFD賛同機関数は国際的に見ても突出して多く、その要因としてTCFDコンソーシアムの存在が挙げられます。官民で問題意識を共有しながら気候関連開示に取り組む手法は国際的にも評価され、アイルランドやメキシコでは日本をモデルとしたコンソーシアムが設立されるほどです」
一方で、投資家が企業に抱く不満は“財務インパクトが見えてこない”点にあると指摘します。
2023年10月にTCFDが公表したステータスレポートにおける、財務インパクトにおけるリスクと機会を紹介し、先行的な国内企業の開示事例を挙げました。
情報通信のNTTデータは、リスク、機会の項目ごとに、期間、影響度、発生可能性、影響額試算にあたっての前提、財務上の影響、対応策などを定量的な情報を含め具体的に示しています。同社は移行リスクの1つとしてカーボンプライシングによるコスト増加を挙げ、将来的に自社事業にどんな影響が出るかを試算しています。金融セクターの事例としては滋賀銀行を挙げました。同行はシナリオ分析の結果について、与信コストに与える影響を含めて明確に記載しています。
TCFDは目標ガイダンスのなかで、移行計画の開示についても推奨しています。JFEホールディングスでは、2050年カーボンニュートラルおよび中期目標を設定するとともに、移行計画として鉄鋼製造プロセス転換にかかるロードマップを策定しました。このロードマップは官民連携で進めてきた『トランジションファイナンス』に関する技術ロードマップとも整合した内容となっています。
「国をあげて議論してきたロードマップと整合する移行計画であれば、それだけ投資する側からの信頼度は高まることが期待されます。裏を返せば、国レベルでの議論への参画や、自分ごととして注視していくことが重要となっていきます」
2023年6月には、TCFD提言に基づき、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が策定したサステナビリティ関連財務情報の開示に関する基準が公表されました。この基準はTCFDの提言を基準に整理されたもののため、気候関連開示に関しては、TCFD提言の主旨に基づき、自社独自の形へと進化させていくことが肝要であると強調しました。

パネルディスカッション GX経営実現に向けて、今後やるべきこと

パネルディスカッションでは『企業成長を加速させるGX戦略策定のヒント』と題し、視聴者より寄せられた質問やテーマについて、登壇者3者による議論が繰り広げられました。

——カーボンプライシングが各産業に与える影響とは?

カーボンプライシングは効率的かつ高い費用対効果でカーボンニュートラルを達成する手段であることに反論の余地はない、と前置きした上で、竹内氏は2つの課題を挙げました。1つは“社会がその負担を背負う必要がある”こと、もうひとつは“適正な制度設計が極めて難しい”こと。
「日本のカーボンプライシングについてまだ詳細な制度設計は見えていませんが、大前提として、CO2排出がコストになる世の中が近々来ることを念頭におき、自分たちの事業の機会とリスクを把握することが重要です」(竹内氏)

——価値循環の考えをどのように企業経営に取り込んでいけばいいのか

松江氏は第2部を振り返り、量や数に依存せずに付加価値を高め、求められるものを必要な分だけつくることの重要性を念押しし、さらに共創・協調についても言及しました。
「気候変動は全て自社だけで解決できる課題ではありません。サプライチェーンにおけるスコープ3はその典型ですが、いかに他社と組むかを検討することが大事になってきています」(松江氏)
GX戦略は2~3年ではなく10年単位の長い時間軸で判断しなければなりません。経営者は長期的なビジョンを描き、それに伴う投資戦略を磨いていくことが求められます。

——「グリーンウォッシュ」をどう捉えるべきか

開示において、本来自社が戦略として持っているものにそぐわない内容が出てきてしまうと、グリーンウォッシュになりかねません。逆を言えば、自社の考える戦略に沿っていれば、そのリスクは低くなるということでもあると長村は強調しました。
「開示という行為をコミュニケーションのツールとして捉えるのがいいでしょう。投資家や金融機関をどう動かすか、読み手がどういう印象を持つかを考えると、創造性が働くかと思います」(長村)

——GXにおいて日本企業が今後すべきこととは

最後に、本セミナーのまとめとして各講演者からメッセージをもらいました。

司会進行:東京海上日動火災保険 マーケット戦略部 GX室長 宗次勇介

「気候変動関連の取り組みについて、日本企業は極めて真面目に取り組んでいると思いますが『伝える』という部分が課題だといえます。開示情報をコミュニケーションツールとして捉えることは長村さんが仰ったとおりですが、対外的だけでなく様々なステークホルダーと考え方を共有することが必要かと思います」(竹内氏)
「GXについては、X(トランスフォーメーション)が大事。環境配慮が各社の共通認識になるなか、企業の個性が出るのがトランスフォーメーションの部分です。10年越しの長期タームで、自社の個性を思い切り出すトランスフォーメーションに取り組んでいただきたいです」(松江氏)
「日本は、ほぼ全ての業種において世界的に通用する技術を持った国といえます。日本こそ、世界的な脱炭素化の推進役となれる国だと思います。各企業、自信をもって踏み出していただきたいと思います」(長村)

左から、小森政俊、長村政明、竹内純子氏、松江英夫氏

講演終了後、参加者からは「日本のGX施策についての方向性を改めて理解することができた」「脱炭素やGXに関する制度設計が行われている中、企業として先手を打っておくことの重要性を認識できた」「情報開示を戦略的に行うことの必要性がわかった」など、今回のセミナーから自社の脱炭素経営戦略を前向きに検討したいという声が多数寄せられました。

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